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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)11848号 判決

理由

一、本件不動産がもと原告所有であり、原告がこれを被告横沢に譲渡したこと、被告らのために本件各不動産につき原告主張の各登記がなされていることは当事者間に争いがない。

しかるところ、原告は本件不動産の右譲渡は債権担保のためにするものであり、公序良俗に反し無効であるというので、この点につき次に判断する。

《証拠》を総合すると、

被告横沢は建築材料販売を業とし昭和三五年頃から当時建設業を営んでいた原告に対し約束手形で建築材料を販売してきたのであるが、昭和三六年頃原告が他から受取つて廻した手形(金額六〇万円)が不渡となり、これがため原告は被告横沢やその他の債権者に対する債務を整理するため他から融資を受ける必要が生じ、ほかに依頼するところがないわけではなかつたが最も多額の買掛をしている被告横沢から本件不動産を担保に供して融資を得たい旨申し入れをした。被告横沢は金一七五万円を原告に貸与することとし内金六五万円は従前の売掛金債権の弁済に充当して残額金一一五万円を原告に交付して本件不動産の譲渡を受け、昭和三六年六月一九日被告横沢主張の約旨を内容とする契約書を作成し、原告主張のとおり売買名義をもつて本件不動産につき所有権移転登記手続を経由したのであるが、本件不動産は従前同様原告の占有使用が継続された。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

しかして、原告と被告横沢間において消費貸借を成立・存続せしめない旨の明白の合意がなされる等他に特段の事情が認められない本件においては右事実関係からすれば、被告横沢は原告に対し金一七五万円を貸付け弁済期を昭和三七年一二月三一日利息を月額金一万七五〇〇円とする消費貸借が成立し、右消費貸借上の債権を担保する目的で本件不動産の譲渡がなされたものと推定すべきである。そして前認定の契約書中には形式上右弁済期をもつて買戻期限とし、右利息をもつて賃料として約定が記載されたものと推認するのが相当である。被告横沢は右契約書記載の文言どおりの約定がなされ、被告横沢は完全に所有権を取得したというのであるが、契約書の記載が売買の形式をとつているからといつて、右契約書作成の経過およびその記載の契約内容からすれば、原告と被告横沢間において消費貸借を成立・存続させない合意があつたとすることはできないのみならず、原告本人尋問の結果によれば、被告横沢から「銀行から借りて貸そうかと思つたが、被告横沢名義にしなければ借りられない。」という申出があつたため、不本意ながら右契約書の作成に同意した事実が認められ、右事実からすれば寧ろ右債権債務の関係を成立・存続させる意図があつたものとみられるのである。

しかしながら、前認定の事実によれば、右譲渡担保権設定当時原告としては必ずしも本件不動産を不当に不利な条件で担保に入れてでも被告横沢から融資を受けるより他にすべがない程の窮状におかれていたものでなかつたとみるべきであり、しかも、成立に争いのない甲第一・二号証によると、被担保債権額金五〇万円および金一〇〇万円の先順位の根抵当権・抵当権の設定登記が有効な登記として存在しており、のみならず、本件契約においては特約は認められないから譲渡担保権実行時には目的物の価額と元利金の差額を原告に返還すべき義務を有する趣旨の契約とみるを相当とするから、右担保権設定時における本件不動産の価値が原告主張のとおりであつたとしても公序良俗に反するものとして本件契約を無効とすべきではない。この点の原告の主張は採用し得ない。

二、しかるところ、原告は予備的に被告横沢のための右各登記は金一七五万円と引換えに抹消せられるべきであると主張するのであるが、譲渡担保にあつては債務の弁済と目的物の返還とは同時履行の関係に立つものではなく、担保権設定者はまず債務を完済してはじめて目的物の返還を請求し得る性質のものであるから、原告の支払うべき債務の額を判断するまでもなく、原告の右主張は理由がない。

三、してみれば、原告の被告横沢に対する本訴請求はいずれも理由なく棄却すべきである。

四、そこで、次に、被告会社に対する原告の本訴請求について判断するに、本件不動産の譲渡が前述のとおり無効とはいえないのであるから、これが無効であることを前提とし被告会社に対し前記根抵当権設定登記の抹消を求める原告の本訴請求の理由のないことも明らかである。

しかるところ、原告はさらに、被告会社は被告横沢が原告から債権担保のために本件不動産を譲り受けたものであり、したがつて、担保物を担保の目的以外に利用し得ないことを知りながら、本件不動産に根抵当権設定を受けたものであると主張し、これを前提として右根抵当権取得をもつて原告に対抗できないというけれども、右前提となつた被告会社の知情の事実を認むべき証拠はないのみならず、譲渡担保に供した以上第三者に対してはその善意悪意を問わず所有権を主張し得ないものと解するのが相当であるから、原告の被告横沢に対する右主張も採用できない。

よつて、原告の被告会社に対する本訴請求もまた理由なく棄却すべきである。

五、次に被告横沢の反訴請求について判断する。

(一)  被告横沢はまず原告と被告横沢間に本件不動産につき賃貸借契約が成立したとして右契約に基く延滞賃料の請求をするのであるが、被告横沢主張の賃貸借契約は前記消費貸借に基く利息を賃料名義をもつて原告が支払う趣旨で賃貸借の形式をかりたものとみるべきこと前認定のとおりであり、右利息債務は譲渡担保権実行時に精算されるべきものであることもさきに判断したとおりであるところ、後述のとおり、被告横沢は譲渡担保権の実行として本件不動産の明渡を原告に求めているのであるから、被告横沢において右賃貸借に基く賃料の請求をなし得ないものとしなければならない。よつて、反訴請求中の右部分は理由なく失当として棄却すべきである。

(二)  次に被告横沢の本件不動産の明渡および損害金の請求について判断する。

被告横沢は昭和三六年六月一九日原告との間に成立した売買により譲受けた所有権に基き本件不動産の明渡を求めるところ、右譲受は貸金債権担保のためになされたものであり、内部的には所有権は債務者たる原告に留保せられたものとみるべきこと前述のとおりであるから右譲受けにより本件不動産を取得したとして原告に明渡を求め得ないといわなければならないのであるが、右譲渡担保権によつて担保せられる消費貸借上の債務は弁済期が(買戻期限として)昭和三七年一二月三一日と定められているのであつて、右弁済期を徒過するときは本件不動産の所有権は被告横沢に確定的に帰属するものと解するのを相当とするところ、原告は右債務の弁済を主張し立証しないから、本件建物の所有権は内部関係においても被告横沢に帰属し、原告は被告横沢の請求により本件不動産を明渡し、かつ、請求時以後明渡まで賃料相当の損害金を支払うべき義務がある。

被告横沢の本件不動産の取得原因として主張するところは、右譲渡担保権設定契約に基き債務不履行に因る確定的取得をも含むものと解すべきであるところ、被告横沢が本件反訴により明渡を求め、右反訴状が昭和四三年一〇月一一日原告に到達していること記録上明らかであるから、反訴請求は、本件不動産の明渡と、昭和四三年一〇年一二日以降右明渡済に至るまで月額金一万七五〇〇円の賃料相当損害金(本件不動産の所在場所、土地の面積建物の床面積からみて右の金額を下らないものとみられる)の支払を求める限度においては理由あり正当として認容すべきである。

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